前回は,離婚する前に知っておきたいこととして、財産分与について解説しました。
今回は,清算条項や強制執行認諾条項のほか,あまり知られていない離婚時年金分割制度のことを含め離婚に関する基本的な事項について説明します。
離婚する前に知っておきたいことは,今回の4回目で最後になります。
清算条項とは
清算条項とは,当事者間に,離婚協議書や離婚公正証書に記載した権利・義務関係のほかに,何らの債権債務がない旨を当事者双方が確認するものです。
要するに,離婚協議書や離婚公正証書に清算条項を入れると,離婚協議書や離婚公正証書に書いてあること以外は,あれもよこせ,これもくださいなど,お互いに請求できないですよ,という意味です。
強制執行認諾条項について
金銭の給付について
【離婚する前に知っておきたいこと①】のところですでに説明したとおり,養育費の支払いなど一定額の金銭の支払いの記載がある離婚公正証書に「強制執行認諾条項」を入れると確定判決と同じ効力があり,裁判などをしなくても「離婚公正証書」によって強制執行ができることをお話ししました。そのことをもう一度確認しておきましょう。
なお,離婚公正証書における「強制執行認諾条項」の記載例は,次のとおりです。
第○条 甲(支払い義務者)は,第○条(養育費)及び第○条(慰謝料)に基づく金銭債務を履行しないときは,直ちに強制執行に服する旨陳述した。
金銭以外の財産の給付について
なお,金銭以外の財産の給付の約束(例えば,不動産(自宅)の譲渡など物の引き渡しの約束)の記載がある離婚公正証書がある場合に,その給付の約束が履行されないときは,当該公正証書によって強制執行することができるでしょうか。
離婚公正証書に基づく強制執行は,あくまでも養育費など金銭の支払いに関する不払い(不履行)の場合に限定されますから,金銭以外の財産の給付の約束にかかる不履行の場合には適用されないので,注意を要します。
離婚公正証書に基づく強制執行は,あくまでも養育費など金銭の支払いに関する不払い(不履行)の場合に限定されます。
離婚時年金分割制度とは
年金制度は,本来,夫婦双方の老後のための所得保証という社会的保障的意義を有しており,年金分割は,前回説明した財産分与とは異なる制度です。
離婚時の年金分割制度について
平成19年4月から,厚生年金等について離婚時に婚姻期間中の保険料納付(年金受給権)の記録分割をする制度が導入されました。
この制度は,離婚する夫婦の年金受給の格差を是正するため,厚生年金の報酬比例部分(老齢基礎年金に上乗せされる老齢厚生年金)の年金額の基礎となる「標準報酬(保険料納付記録)」について,夫婦であった者の合意(合意できない場合は裁判)によって分割割合(請求すべき按分割合)を決め,夫婦であった者の一方の請求により,厚生労働大臣が標準報酬の決定を行う制度です。当事者の合意による制度なので,「合意分割制度」といいます。
年金分割制度の適用を受けるには
この制度の適用を受けるのは,平成19年4月1日以後に離婚した場合であり,離婚期間中の厚生年金の保険料納付記録が分割されます(注1)。
また,請求すべき分割割合は,法律で上限50%(注2)に限られています
(注1)年金分割により2人の年金は分割後の保険料納付記録で計算されます。例えば,分割前の夫の保険料納付記録(標準報酬)が0.7(70%),分割前の妻の保険料納付記録が(標準報酬)が0.3(30%)となっていたのを,分割後は,これらについて分割割合の上限(注2)の夫0.5(50%),妻0.5(50%)として年金分割の割合を合意し,離婚後,双方,またはその一方が,最寄りの年金事務所に対して年金分割請求の手続をします。
以上のように,分割をした者(夫)は自分の保険料納付記録から,相手方(妻)に分割分を提供した残りの記録で,年金額が計算されます。一方,分割を受けた者(妻)は自分の保険料納付記録と相手方(夫)から分割分を受けた記録で,年金額が計算されますので,その結果として,「将来支払われる妻の年金受給額が増えること」になり,離婚する夫婦の年金受給の格差の是正が図られるのです。
なお、年金分割の請求手続などの詳細については, 最寄りの年金事務所に問い合わせてください。
年金分割は夫の年金を半分もらえる制度ですか?
年金分割を行った場合,上記で説明したとおり,分割後の保険料納付実績に基づいて計算された額の年金を受給するものですから,単純に夫の半分の年金がもらえるものではないので,誤解のないように留意してください。
この離婚時年金分割割合の合意は,公正証書によるか,又は当事者の合意書に公証人の認証を受けることが必要とされていましたが,平成20年4月1日からは,公証人の認証を受けなくても,当事者双方がそろって(代理人でも可)合意書を年金事務所に直接提出する方法でもよいことになりました。
そのため,最近は当事者双方が年金事務所に直接行って手続するケースが多く,公証人を介しての合意の手続をするケースは極めて少なくなりました。
なお,私のこれまでの経験に基づき,公証人を介しての公正証書による年金分割にかかる合意の文例を示すと次のとおりですから,今後,離婚時年金分割制度を利用する機会があれば,参考にしてください。
第○条 甲(第1号改定者,○○年○月○日生,基礎年金番号***-***)と乙(第2号改定者,○○年○月○日生,基礎年金番号***-***)は,厚生労働大臣に対し,対象期間にかかる被保険者期間の標準報酬の改定又は決定の請求をすること,及び請求すべき按分割合を0.5とすることで合意する。
2 乙は,離婚届出をした後,速やかに,厚生労働大臣に対し,前号の請求をするものとする。
年金分割の請求の期限
年金分割の請求は,離婚等をした日の翌日から起算して2年を経過したときは請求することができません(厚生年金保険法78条の2, 第1項ただし書)ので,注意してください。
離婚協議や離婚公正証書を代理人によって作成することの可否について
離婚に伴う大事な身分行為にかかる約束事を内容とする離婚協議や離婚公正証書の作成ですから,本来は,代理人によらないで当事者双方が直接会って協議して作成するのが望ましいと思われます。
ただし,当事者の一方が遠隔地に居るため双方の顔合わせができない場合や, 弁護士など法律の専門家が関与して代理人になる場合など特別の事情があれば,離婚協議や離婚公正証書を代理人によって作成することはやむを得ないと思います。
以上,離婚に関する基本的な事項を4回にわたって説明しました。今後,離婚協議等の機会があった場合には,これまでの説明を参考にしっかりと対応していただければ幸いです。
次回からは,「成年後見制度に関する基本的事項」を説明しますので,引き続きお付き合いのほどよろしくお願います。